フィリピン🇵🇭バギオ留学

フィリピンのセブ留学を終えて無事帰国したJapaですが、フィリピンの生活に惚れ込んでしまいカナダ行きを延期して、バギオと言うマニラから車で6時間くらい山を登ったところにある街に留学する事にしました。

 

 

何故バギオを選んだかと言うと、バギオに留学した友人にオススメされたのがきっかけで、ハウルの動く城の舞台になった街でもあり、写真を見て一目惚れをしたからです❤️

 

 

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↑バギオはこんな感じの場所↑

 

今回は2ヶ月間と少し短めに🎵

 

あくまでもカナダ行きの前に英語力をつけるのが目的な為、勉強に重きを置いた留学です😎

その為、パインズと言うスパルタの学校を選びました🎵

 

が、、、、

 

セブとは違って遊ぶ所も少なければ、山の上なので気温も低く、フィリピン特有のワイワイした感じが全然ない。。。

 

霧がすごく辺りは真っ白になる事も。それは幻想的でとてもキレイだった✨

陽もそんなに照らないし、なんだかドンより。

 

そして2日目に体調不良になったJapa.

症状は

⚫︎吐き気

⚫︎頭痛

⚫︎不眠

⚫︎フラつき

などなど。

 

重大な病気になったのかー((((;゚Д゚)))))))

校舎にナースが常駐しているので、相談して吐き気止めなどをもらった。

食べてからじゃないと薬を飲むなと言われ、無理矢理ミカンを食べさせられた。

と、同時にリバース!!!

 

部屋中私のリバース!!!

 

だから食べれないって言ったじゃん😑

 

そんなこんなで自力で原因を解明しようとネットにすがる。

 

ふむふむ。

んーこれは、、、 高山病だわ!!!

全てが当てはまっている。

そう、私Japaはフィリピンのバギオで高山病になりました。

標高1500と高山病になるには低すぎるんではないかと思ったが、なる人はなるらしい。。。

センシティブな自分の身体が憎い。

 

通常は1週間くらいで身体が慣れるらしいので、様子を見る事に。すると1週間でちゃーんと良くなってくれましたっ😂

 

帰国せずに済んだ。ホッ

 

高山病に見舞われながら幕を開けたJapaのバギオ生活っ

 

まとめると、セブの方が100倍良かったー!!!

なんか集まる人もシビアな人が多くて冗談通じない感じの方達。プライドのお高そうな方達が多かった気がする。

笑い方がギャハハではなくオホホって感じの。

高学歴な人も多かった。

 

どこに行くにもタクシーに乗っていかないといけないので、友達が出来なかったらここでの生活は地獄だと思う。

 

幸いJapaは色々ありながらも友達に恵まれてなんとか2ヶ月間を終える事が出来ました。

旅行で来るならバギオはオススメだが語学留学は正直ちょっと。。。

 

フィリピン留学を検討している方への参考になれば✨

 

街並みはとても綺麗で一生に一度は訪れて頂きたいオススメの街です!!

 

さて、次回インド人旦那に会ったカナダについてです🎵

セブ島🇵🇭第2弾

セブ島に来て1ヶ月が過ぎたころだろうか、

部屋にいるとガタガタガタガタと音がしだしたと思うと、揺れる揺れる!!

立っていてもフラつくくらい揺れる揺れる!!

天井からはポロポロと粉が落ちてきて、

事の自体に気付く。

 

地震だー地震だーearthquake!!! earthquake!!!

 

の叫び声が聞こえ、私はパニックになり走って外に飛び出した。

 

カフェテリアの壁は一面ガラス張りなのだか、それが割れ、スローモーションの様に横のプールの中に落ちていくのが見えた。

 

震源地はボホール島だった。

その後も余震が続き、寮の壁には亀裂などが入っていて危ない為、大型バスが校内に何台か来て、みんなバスの中で2泊した。

後から他校の生徒に聞いた話だが、その学校は生徒にホテルを用意したらしい。。。

CIAは大型バスだよ😑

 

地震が原因で半分の学生は母国へ帰っていった。

私も両親に帰ってくるように強く説得されたが、セブの環境が本当に好きだった為、残る事にした。

 

その後、余震が落ち着くまで外で授業があったりした。

落ち着いてからは校舎も補強され問題なく授業は開講された。

 

そんなこんなで3ヶ月の間に色々な経験をした。帰る前日には台風がきて、次の日の飛行機が飛ぶが心配だったがなんとか決行され無事に帰国しました。

 

フィリピンは物価が安いので、マッサージ1時間、千円弱くらい。週に2、3回はオイルマッサージを受けて、本当に快適な生活を送ることが出来た╰(*´︶`*)╯♡

 

結果、大半の韓国人がオーストラリアやカナダのワーホリの前に寄ってくるフィリピン留学はハナマルでした💮

 

そしてフィリピン留学が良過ぎたJapaはカナダ行きを延期して、帰国後にまたフィリピンへ戻る事を決意するのでした(*⁰▿⁰*)

 

詳細は次回に🎵

フィリピン留学🇵🇭 セブ&バギオ

オーストラリア、シドニーから帰国後に韓国人から感化された私はフィリピン行きの準備を始める。

 

フィリピン=治安が悪いと言うイメージがあったのだが、日本の英会話で出逢ったフィリピン留学経験者に色々話をきいて、学校はセキュリティー万全でルールを守って生活していれば問題ないとの事。

 

母は反対していたが、なんとか説得した。

 

エージェントを使い学校はCIAと言うところに決めた。チケットも取り、いざ出発!!

 

とても怖かったが、飛行機の隣に座ったのは中高年の女性。推測50半ばくらいだった。

その方もフィリピンに語学留学をするそうだ。

歳のせいにせず、やりたい事をやるそんな生き方にとても感動したのを覚えている。

 

緊張もとけ、快適な空の旅を楽しみフィリピンのセブ空港に到着!!

 

イミグレーションもスムーズに行き一安心していると、何かの対策なのか、警備員に荷物を開けて見せなければならないと言われた。

他の人も従っているし、私もスーツケースを開け、机の上に置いた。

そして警備員がチェックをしている時、横にいるフィリピン人が私のパソコンを盗もうとしている瞬間をキャッチ!!!!!

 

ヒェーーーー!!!!警備員も知っていて何も言わない🙀

今考えるとあれはグルでの犯行だったのでは。。。

 

It's mine!!! と強めに言うと、奴はトボけたふりして去っていった。

 

フィリピンにいるんだと言う事を感じた出来事だった。

 

そして送迎バスに乗りCIAへ🚌

学校と寮が同じ建物内にあり、高い塀で囲われており、24時間セキュリティー付き。

 

その日は手短なオリエンテーションを済ませ、寮へ。私は二人一室の部屋を申し込んでいたのでルームメートがどんな人なのか胸を躍らせながら部屋へ。

日本人の同じ歳の子だって。すごく優しくてホッとした。

 

フィリピンでは同時期に入学した人達をバッチメイトと呼ぶ。

そのバッチメイトと晩御飯を食べにカフェテリアへ。

このフィリピン留学の素晴らしい所は

 

✨三食ビュッフェ付き...韓国資本の学校なので生徒の半数以上は韓国人。

その韓国人向けの食事と日本人向けの食事が用意されている。

 

✨週に2回だったか3回だったかの掃除付き!!

 

そう、至れり尽くせりなので、生徒は勉強に集中出来ると言う訳🎵

 

こんな素敵な環境で私は3ヶ月間お世話になった。

私が行った時期2014年は1ヶ月間、二人部屋で12万くらいだったと思う。

マンツーマンの授業が朝から晩まで行われ、食事、掃除付きでこの価格はとてもリーズナブルだと思う。

 

初めてのフィリピでの晩、私は床についた。

するとグー、グァー、グォー、ガー、ギリギリギリと怪獣でも来たのかと思わせる音が耳に入って来た。

それは日本人のルームメートだった。

彼女のイビキ、歯ぎしりで全然眠れず朝を迎えた。

 

彼女は翌朝、自分がイビキが酷いと言われるが大丈夫だったか聞いてきたが、大丈夫としか言えなかった。

家族みんなイビキと歯ぎしりがすごい家系だそうな。。。

 

正直生きてきて、こんなに酷いイビキと歯ぎしりを私は聞いたことがない。

 

しかし、彼女はとても親切で良い方なので我慢する事にした。

 

毎朝単語テストがあり、パスしないと週末外出禁止になるスパルタ学校CIA。朝から晩まで本当によく勉強したと我ながら思う。

そんな中、3週間くらい彼女のイビキに耐えたが精神破壊しそうだった為、詫びを入れ部屋を変えてもらった。そしてその後はとても快適な睡眠を手に入れた。

イヤホン、耳栓をしても聞こえてくる彼女のイビキと歯ぎしりには本当に悩まされた。

 

イビキが酷い方は少し高くなりますが、どうか一人部屋を選んで下さい(。-∀-) Please

 

たくさんの良い先生方と出逢った。中でも私のお気に入りはゲイの先生。彼らは本当にタレント性に溢れていて、自らの魅せ方が上手く、ある意味憧れだった✨たくさんの事を乗り越えてきたからだろう、精神的にも強く、いつも明るく英語以外にもたくさん学ぶ事があった。

 

たくさんの友達にも恵まれた。私はフィリピン留学の後カナダにワーキングホリデーに行く予定だったので、同じプランのバッチメイトとカナダで会う約束もした🎵

 

日々英語の勉強に精を出し着々と日々が過ぎていった。

 

フィリピンのセブ島留学前半はここまで✌️️

後半は次回に続く🎵

 

後半は、マグニチュード7の地震をフィリピンで経験した😱をお伝えします。

 

 

Thank you for visiting my brog😊

 

 

 

 

 

 

 

海外に行き始めたきっかけ

20代前半まで私Japaは、まさか自分が国際結婚をするなど夢にも思っていなかった。ましてやインド人と。。。

 

何故Japaが海外に興味を持ち始めたかを今日は綴りたい。

 

幼少期の話になるが、私の両親は洋楽が好きでよく聞いていた。

Beatles

Carpenters

Michael Jackson

Eagles

Billy Joel   などなど。。。

 

それがきっかけで私は今でもこの時代の洋楽が大好きだ。

特にBilly Joel /Piano man, Eagles /Desperadoが私のお気に入り🎵

 

物心ついた時には母がアルファベットを教えてくれていて、名前を英語で書くのが好きだった。小学生の時も習い事は何も続かなかったが近所のECCにだけは真面目に通っていた。

 

そんなこんなで学生時代、道をそれて後悔をしているJapaだが英語だけはどんな時でも成績が良かった。

 

社会人になり、壁にぶち当たっている時に何故か急に海外に行きたくなった。

それまで英語は好きでも海外には興味はなく日本が一番だと思っていたのに。

 

20代前半で実家暮らし、両親は私の事をとても愛してくれ何1つ不自由のない生活を送っていた。しかし心の何処かで、このままではいけない。と言う危機感を感じていた。

掃除も料理も母親がやってくれる。そんな環境に日々罪悪感を感じながら生きていた事を今でも覚えている。

海外に行って家族のいないところで暮らしてみたかったのだと思う。

 

こうしてJapaの海外に行ってみよう計画がスタートした✈️✨

 

みんな海外で暮らすと言えば、まずワーキングホリデーが思い付くと思うが、当時の私は一人暮らしもした事なければ、海外にも学校の研修旅行でロスに遊びに行ったのみ。

 

そんな中いきなり1年間海外生活をする勇気がなかった。

そして悩んだあげく、まずは手始めに3ヶ月間オーストラリアのシドニーに語学留学をする事にした。

 

行くまではとにかく恐ろしかったが、実際に行ってみると天国でとにかく楽しかった笑。

色んな国の人達と関わり、みんな優しくて友達もたくさん出来た。

 

シドニーで出逢った韓国人のほとんどがフィリピンで英語留学をしてから来ていた。

みんな口を揃えてフィリピンは良かった、楽しかったし為になったと言う。

 

その意見に感化され私も帰国後にフィリピン留学を決意。

 

あっという間に3ヶ月は過ぎ、涙涙の帰国。

 

つかの間日本を満喫した後にフィリピン行きの準備を始める。

 

 

 

フィリピン留学については次回書いていきたいと思う🎵

 

Thank you for visiting my brog😊

 

 

 

 

 

 

はじめまして、ジャパインディアンのJapaです。

はじめまして、本日12月29日からブログを書く事にしました、ジャパインディアンのJapaと申します。

 

三日坊主で日記なども続いた事がないので、正直このブログもすぐにガラガラガラと閉鎖の可能性もございます。あしからず。

 

さて、初めに何故このブログのタイトルがジャパインディアンかと言う事を説明していきたいと思う。

 

簡単に言うと、

私はジャパニーズ(日本人)

私の旦那はインディアン(インド人)

だからです。(´・∀・`)

 

インド人と言うても、カナダで産まれ育っているので、カナディアン•ボーン•インディアンになります。

 

しかし彼のお母様はインドからきた正真正銘インド人(お父様は亡くなられていません。)

そんな宗教や文化の違うところに嫁いだJapaの人生ストーリーをこのブログでシェアしていきたいと思います。

 

あぁ、濃ゆかった。色んな事がありました。

これまでの事を簡易的に書くと

 

●出逢い

モラハラ

●シェルター生活

●浮気

●元カノ

●彼の毒親、毒妹の話

●結婚に至るまで

●新婚生活?

 

これらを綴っていく前に

 

まずは、Japaの生い立ち、海外に興味を持ったきっかけ、オーストラリア留学、フィリピン留学、カナダワーキングホリデーの話などなども書いていきたい🎵

 

バンクーバーでの生活情報も織り交ぜていきたい✨

 

では👋Thank you for visiting my brog😊